都市農業
今日は、くにたち農園の会の小野さんに
経営計画について相談させてもらった。
その中で特に考えさせられたのは、都市農業が今後どうなっていくかについて。
小野さんが都市農業界で仕事をし始めたのが約12年くらい前。
当時は、今に比べて都市農業は全然盛り上がってなくて、収穫体験みたいなものが収益性のあるビジネスモデルとして確立されていなかったらしい。
そんな状況から、いろいろと試してみて体験メインの都市農業のモデルを作ってきたとのこと。
そもそも、Wikipediaに「都市農業」というページを作ったのは小野さんなのだと。なんやそれ。
で、じゃあ過去10年間の変化を踏まえて、この先10年で都市農業にどんな変化が起こせると思うか聞いてみたら、
Wikipediaに都市農業というページができたように、それに代わる新しい概念が何か作り出せるんじゃないかと言っていた。
つまり、そもそも都市農業という言葉に縛られずに考えた方が良いということ。
それを考えるためには、都市部に農地がある意味をもっと考えないといけないし、その上でいろいろと試してみないといけない。
でもこれ自分一人で考えて答えが見つかる気が全くしない。
だからこういうことを話し合う場を作るべき。
以上。
気がついたら畑に立っていた。~なぜ農業を仕事に選んだか~
なぜ農業を仕事に選んだのか。
自分の経歴を話す機会もあまりないので、人に言ったことがない部分含めここに書いておこうと思います。
自分の家は都内の植木農家で、農業は身近なものではあったけど、農業をやろうとは一度も考えたこともなかったです。
そのため、
大学も農学部は選択肢にすらなくて、マーケティングに興味があったので横浜国立大学経営学部に進みました。
大学に入ってから、14年間続けたサッカーを辞めてふらふらと暇していたら、「この先4年間でやりたい仕事見つけることなんてできるのか?」とふと思い始めました。
それからは何かやらなきゃと思い、とりあえずいろいろ試してみることに。
例えば、ラオスに図書館を建てたり、議員インターンでは武蔵境駅前で街頭演説したり、お笑いライブで漫才したり、テレビ局でバイトしたり、がっつり単位落としてみたり、webメディアの運営に関わったり。
なんやかんやで大学3年になり、
インターンにはいろいろ参加するも結局やりたいことが分からないまま就活が始まり、とりあえずテレビ局を受けるも全然だめで、適当にどこか就職するしかないかなーと考えるように。
ただ、それがすごくストレスで機能性ディスペプシアという病気にしばらく悩まされるようになりました。
それがきっかけで、適当に就職するのを考えただけでこんな病気になる性格なんだから、本当にやりたいと思ったことを仕事に選ばないとだめだと思うようになりました。
そこで、改めて自分の身近に解決したい課題はないか考え、
「そういえば、なんで近所の畑ってこんな減っているんだろう?畑や農家が減るのってなんか寂しいしもったいないんじゃないか?」と疑問に感じ都市農業について調べ始めました。
すると、新規就農者が増えていたり体験農園がブームだったり、都市農業が今めちゃくちゃ熱いと気がつきました。
そして、これからさらに面白くなる都市農業界に絶対に今入るべきだと感じました。
また、
ネイバーズファームの梅村さんと畑会のふなきさんの存在はすごく衝撃的で、お二人を知り農業を自分でやることも選択肢に入れ始めました。
自分が携わりたいのは、“都市農地の潜在的な価値を発揮させ、農地を未来に繋ぐこと”。
その手段として、自分で農業を始め独立するのが一番良いのではないか。
そうと決まれば独立に向けて動き出し、農業会議さんに相談して修行できる農園を探し、大学4年の夏からフルタイムで働き始めました。
修行する中で、他の農園をみる必要性を感じ、初めて行ったのが三鷹の”冨澤ファーム”。
冨澤ファームで毎月たくさんの方と援農をするようになり、こういった農地を活用したコミュニティの形成こそが都市農地の大きな魅力だと感じました。
それから徐々に目指す営農スタイルが見えてきて、明確に独立へと進みだしました。
そんな中、去年父親が倒れ、一時危篤状態に。
数日して一命はとりとめたものの、農業は全くできない体になってしまいました。
それにより、息つく間もなく畑の管理や地域の仕事、確定申告などいろいろな仕事を父の代わりに任されることに。
状況が変わり独立計画を一旦白紙にして考えたのですが、逆に挑戦できるうちにとにかく早くやるしかないと思い、今は来年の独立に向けて準備をしています。
経営理念は既に決まっていて、「農で人を繋げ、農地を未来に繋げる」です。
具体的に何をしようとしているかはまた別で書きます。
以上!
コマツナについていたあのイモムシのなまえは?
先日、
小松菜の袋詰めをしていたら、半スケルトンの透け透けイモムシを発見した!
消しゴムのかすくらいちびなのに、動きは遅刻しそうな時の自分くらい素早い。
たまに虫がついていることはあるけど、この日はやけに頻繁についていたので調べてみることに。
手掛かりは、
白っぽいけど体が透けている、クロワッサン型のフォルム、ちっちゃくてよく動く、
だけ。
これを頼りにネットで検索してみた。
いろいろ探しても微妙に違う幼虫ばっかり。
こんな幼虫ばっかり見たくないのに。。。
なんやかんや調べていたら、それっぽい幼虫を発見!
その名は、「ヤサイゾウムシ」!!!
コガネムシやテントウムシの仲間で、アブラナ科、ナス科、キク科、セリ科といった幅広い野菜の葉を食べる。
春ごろに幼虫が発生し、成虫は夏眠して秋に産卵するため、春や秋に被害が出やすい。
対策としては、防虫ネットをかけておく、見つけたら取り除くといった方法が挙げられる。
放置しておくと年々被害が増大するので注意しないといけない。
名前の由来は調べてもよくわからなかったけど、ヤサイとついているだけあってかなり野菜に被害を与えやすい虫なのかもしれない。
注意!
以上!
手動式の動噴で除草と筋トレをした
除草!
気温が上がってきて雑草がぐんぐん伸びてきたので除草剤をまいた!
農園で働いていた時はバッテリー式の動噴を使っていたけれど、家では手動式のものしかないので、それを使って除草剤をひたすらまいた。
結果、腕がつかれた!!
手動はやっぱり疲れる。
左手のレバーを上下に動かすことで圧力がかかり、右手側の噴射機から除草剤が出てくるシステム。
左手の動きを止めようものなら噴霧の勢いが弱くなり、草にちゃんと除草剤がかからなくなる。つまりさぼれない。
いかにバッテリーが楽だったかを今思い知った!
でも、逆に言えば筋トレになってるから手動式の方がお得なのかもしれない。
苦行を耐える思いで除草剤をまいていると、
隣の農家さんが効率の良い方法を教えてくれた。
手で持つバーをワイパーのように半円状に振りながらまくこと。
そして、後ろ向きで歩きながらまくこと。
この二つを実践してみたら一気に楽になった。
ただ後ろ向きで歩くのは転ばないように注意が必要なのと、通行人から何やってるんだろうと見られやすくはなる。
ちゃんと枯れるといいなー。
以上!
今日の援農記録(Yさんの畑)
今日はYさんの畑に援農に行った!
人参(アロマレッド)の収穫と葉を切りおとす作業を行った。
収獲は、スコップを入れて人参の近くの地面を柔らかくしてから引っこ抜く。
運転席と荷台だけある呼び方不明のコンパクトな台車に人参を積み、いっぱいになったところで収穫を終えた。
春菊みたいな雑草が生えていて気になったけど名前はよくわからなかった。
収獲中に気がついたのは、形の悪い人参が少ないこと。
育てるコツは、元肥をやらないこと。追肥は様子を見ながら都度都度やる。
そうすることで葉っぱが育ちすぎずに綺麗な人参に育つらしい。
また、播種直後は土中の水分量を65%以上にするために、雨が降らなければとにかく水やりをすることが大切。
収獲の後は、以前の農園と同様に葉と根の先を切った。
収獲して気がついたことを聞いたら、勉強になることをいろいろ教えてもらえた。
農作業をしているとついただただ楽しむだけになってしまうけれど、あくまでも勉強しに来ているという本来の目的を忘れずに、援農に行ったら些細な疑問を持つくせをつけていこうと思う。
以上。
収獲した人参にひげがたくさんついていたけど問題ないのか
この時期になると収穫した人参にひげがたくさんついていることがあるが、
改めてその原因を調べる。
まず、ひげがついた人参を食べても良いかどうかについては、食べても問題ない。
ただ、皮をむいてひげを取った方がおいしく食べられるうえ、ひげ根にも栄養がいくため食べる部分の栄養が少なくなってしまう。
そのため、お店で買う場合はひげ根の無いものを選んだ方が良いといえる。
そして、なぜひげ根がつくかについてはいくつか原因がある。
一番多い原因は、水分が足りていなかったことが挙げられる。
足りない水分を補おうとしてひげ根がたくさん生えてきてしまう。
その他には、根っこの成長を促す栄養素のリン酸が多い土壌でも、ひげ根が多くなりやすい。
春が近づくにつれどんどん人参のひげ根が多くなった経験があるので、春になって気温が上がると水分が多く必要となりひげ根が急増するのだろうか。
出荷調整の時に手間が増えるし、ひげが出ないように作っていきたい。
以上!
田んぼの畔の作り方を学ぶ
今年から田んぼを使うわけだが、
まず初めに田んぼの畔を修繕しないといけない。
そもそも畔とは、土を盛って水をせき止める田んぼの境界線のこと。
その畔作りを、「あぜぬり」「くろつけ」と呼ぶこともあるらしい。
で、
どうやって畔を作るかだが、ただ土を盛って土手を作れば良いってわけじゃない様子。
粘土状の泥をきれいに盛り固めていかないと水漏れしやすくなってしまう。
米農家であれば、畔作り機を使って畔を作るのが一般的らしい。
だが、そんなもの僕は持っていないので自力でなんとか作るしかない。
その場合の作り方は、
まず田んぼの縁に沿って水を張り、土と水を混ぜる。
1~2日置いてから、混ぜた土が少し硬くなったところで30~40㎝の高さに盛り畔の原型を作成する。
平くわを使って畔の面をきれいに塗り、すき間がないように仕上げていく。
行程自体は少ないけど、要領を得るのが意外と難しそう。
どっかで教わりに行こう。
以上!